口腔外科総合研究所 l 口腔外科 大阪

顎骨壊死のリスクについて

年齢 性別 相談日

40代

女性

2022年6月22日

質問1

70代の母のことで相談させて下さい。先日がんの骨転移告知を受け、デノスマブ(ランマーク)治療が始まりました。病院側から副作用について何も説明なく1回のみ投与を受けてしまったのですが、その後調べて顎骨壊死の副作用について知り、とても不安になっております。

かかりつけの歯科医(口腔外科)に相談したところ、顎骨壊死のリスクになり得る歯(下顎奥歯に根尖病巣=歯冠大の歯根嚢胞、神経に接近している)があるとのこと(現在自覚症状なし)。抜歯するなら投与回数の少ない今がいい、今抜歯しないなら今後症状が出たときに根幹治療で対症療法となり、以後抜歯は行わない。どちらにするかは自分で決めるようにと言われています。

いずれを選択しても顎骨壊死のリスクを孕んでおり、非常に頭を悩ませております。難しい選択ですが、爆弾を抱え続けるより今抜歯した方がいいだろうと気持ちは固まりつつありますが、いくつか疑問点があり、先生のご意見やアドバイスを頂けたら幸いです。

(質問1)
抜歯しない場合、歯根嚢胞は今後症状が出てからの治療でいいのでしょうか?また、根尖病巣は上記の歯以外にも2~3あるそうですが、それはたいしたことないから問題ないとのこと。これらも症状が出てからの根幹治療というのは一般的ですか?(歯冠大のものに比べレントゲン写真で黒く映っていたものは大分小さかったです)ちなみに今後は月1回のペースで定期診察を受ける予定です。

(質問2)
素人の検索で得た知識ですが、歯根嚢胞に対する治療の選択肢としては以下の3通りあると理解しましたが合っていますでしょうか。歯根端切除術は大臼歯の場合は不可との情報も見ましたが、実際選択肢としてあり得ますか?
① 抜歯+嚢胞摘出
② 根幹治療のみ(抜歯なし)
③ 歯根端切除術+嚢胞摘出術(抜歯なし)
①③は顎骨壊死のリスク因子とされている「骨への侵襲的歯科治療」に該当するのでやるなら今、②の根幹治療自体はリスク因子ではないものの、根幹治療がうまくいかなかった場合、将来的に侵襲的歯科治療が必要になり、その際は「ランマークの投与期間」がリスク因子となってくる(今後骨髄抑制を伴う治療も予定していることから炎症リスクは高くなると思われる)。このような考えから現時点での①に気持ちが傾いていますが、②とした場合のリスク評価を教えて頂きたいです。根幹治療を繰り返し、炎症状態が継続してしまうリスクはそれなりに高いと思われますか?また、根尖病巣の再発リスクという意味では①→③→②の順に安全という理解で合っていますか?

(質問3)
上記で挙げたリスク因子は2016年の顎骨壊死についてのポジションペーパーに基づいたものですが、それ以降「抜歯そのものはリスク因子ではなく、根尖病巣などの感染源となり得る歯は早期に積極的に抜歯した方が顎骨壊死を予防できる」「抜歯前のランマーク休薬は必要ない」とする研究結果が発表されていると承知しております。抜歯のリスクや抜歯後の休薬について、現時点でのコンセンサスはどうなっているのか、分かる範囲で教えて下さい。(乳腺主治医は抜歯前3ヵ月の休薬、歯科医は休薬必要なしと意見が相違しており、これも悩みどころです)

以上、まとまりなく長文の質問で申し訳ございません。宜しくお願い致します。

【回答1】口腔外科総合研究所 樋口均也

大変ご心配されている様子なので、初めに最も重要なことをお伝えします。デノスマブ(ランマーク)による顎骨壊死の発生頻度は、がん患者全体の1.8%とされています。ほとんど無視してもよい数値ですから、過剰なご心配は無用といえるでしょう。

根尖病変があるということですが、 現在無症状であれば今後も問題が生じない可能性が高いと思われます。加えて、その根尖病変が近々顎骨壊死を引き起こすとも考えられません。運悪く症状が生じた場合は、その時点で治療を受けましょう。万一抜歯が必要となっても、抜歯後に骨面が露出しない抜歯方法を行うことにより、顎骨壊死が生じることはないと推察します。

上記の通り、歯の心配よりがん治療に専念されることをお勧めします。がん治療を良好な状態で進めていくためには口腔内を清潔に保つことが重要で、それ自体が顎骨壊死の予防となります。歯科では当面念入りな診察を受けながら、経過を観察しましょう。

治療方法のもう一つの選択肢は抜歯後に嚢胞を摘出し、抜いた歯を元の位置に戻す再植術です。また、休薬すれば顎骨壊死が起こりにくくなるというデータは存在しません。むしろがん治療の妨げとなるため有害といえます。

質問2

この度は早速ご回答下さり有難うございます。大きな不安の中、このような相談の場を設けて下さっていること、とても心強く思っております。1.8%は結構高い数字と個人的には受け止めています。

歯根嚢胞のある箇所は現在無症状ですが、過去に何度か歯ぐきにニキビ様のものができたことがあるそうです。特に治療せず自然治癒したのですが、先生曰く、自分の免疫の力で自浄作用が働いたのだろうとのこと。過去に症状があったということは、繰り返す可能性もありますか?

今後、同じ症状が出た際、がん治療薬による骨髄抑制下では炎症がひどくなり、それが顎骨壊死に繋がらないか心配しています。このケースでも現時点で予防的に抜歯や歯根嚢胞に対する治療はしなくて問題ないでしょうか。

先生のお話を伺って、過度に心配することはないのかもと少し力が抜けました。「顎骨壊死は治療が難しく、とにかく恐ろしい病気である」との思いに支配されてしまっていますが(歯科医もそのように言うので・・・)、今は治療法もあり、運悪く発症してもなんとかなると思っていいですか?

歯根嚢胞の治療法や休薬についても別途お答え下さり有難うございました。休薬については、抜歯の為にがん治療が3ヵ月以上延期されるのはとても受け入れられないと思っていたので、大変参考になりました。

【回答2】口腔外科総合研究所 樋口均也

1.8%という数値について、高いという認識には当たらないと推察します。人間を含む生物を対象とした研究や調査では、有意水準は一般的に5%と設定されます。即ち5%以下は誤差の範囲内とし、考慮の範囲外とするのが医学・生物学の常識的な捉え方です。

過去の調査で顎骨壊死を生じた 1.8%の患者さんには、個々の事情が存在したはずです。そこへ突然がんの宣告を受けた場合は、当然がんの治療が最優先され、それ以外の体の問題は後回しになってしまうのが実情でしょう。中には永く歯の問題を抱えながらも、抜かねばならない歯を放置していた患者さんがいるかもしれません。そのような患者さんの中から顎骨壊死が生じた可能性もあります。

がんの治療前に口の中を点検し、急な抜歯を要する歯がないことを確認している場合は、顎骨壊死につながることはほとんどないと推察します。がん治療の前後に口の中の状態を歯科で確認してもらいましょう。このような口腔ケアを 周術期口腔機能管理 といい、がん治療では必要なものとされています。体調の変化によっては周術期口腔機能管理を受けることが難しい時期もあるでしょうが、体調に問題がない場合はケアを受けることをお勧めします。今後、顎骨壊死が生じることは考えにくい状況ですが、万一顎骨壊死が生じても軽症であれば大きな問題とはならず、重症であっても治療法はあります。

歯根嚢胞について、歯ぐきのニキビ様のものを「サイナス・トラクト」もしくは「フィステル」といいます。これは歯根嚢胞の部分から生じた膿が歯肉を破って流れ出している状態です。最初の質問に自覚症状がないと書かれていたため、抜歯の必要無しと考えましたが、サイナス・トラクトが生じている場合は早めに抜歯した方が安全でしょう。

質問3 2022年6月24日
こんにちは。お忙しいところ再度の質問にお時間割いて頂き恐縮です。とても丁寧なお返事を頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。発症率の有意水準についての考え方、大変勉強になりました。また顎骨壊死発症した方には様々な背景因子があるということも理解致しました。必要なケアを行えば、過度に恐れるものではないと分かり、お蔭様で心が軽くなりました。ご多忙の折、大変申し訳ないのですが、最後に1点だけ質問をお許し下さい。

現在無症状という歯について、正確な情報をお伝えしておらず失礼しました。過去にサイナス・トラクトを起こしているということで、「早めに抜歯した方が安全だろう」とのこと。根幹治療ではなく最初から抜歯という選択をする理由というのは、以下のような考え方で合っていますか?

・根幹治療がうまくいかなかった場合、炎症を繰り返す可能性がある
・炎症が顎骨壊死を引き起こすリスク因子なので、その可能性を現時点で排除した方が安全
・根幹治療を繰り返しても成功しなければ、将来的に侵襲的歯科治療が必要になり、その際は「ランマークの投与期間」がリスク因子となってくるので投与回数の少ない現時点で予防的抜歯がより安全
・今後骨髄抑制を伴う治療も予定していることから炎症リスクは高くなると思われる
回答3
歯のことだけを考えての回答であれば、根管治療でも抜歯でも顎骨壊死を起こさないように治療を進めることは十分可能であると推察します。最も懸念されることは、がんの治療期間中に歯の治療ができないほどに体力が低下したり、口腔粘膜炎が生じたりすることです。歯の治療ができないことが予想される場合は、抜歯を優先した方がよいでしょう。

謝辞 

抜歯という選択についての考え方、よく理解できました。この度はお忙しいところ、一つ一つの質問に丁寧にお答え下さり、母娘ともども感謝の気持ちでいっぱいです。おかげさまで頭が整理され、すっきり致しました。教えて頂いた知見を元に、納得のいく選択をし、治療に臨みたいと思います。関東在住の為、樋口先生に診て頂くことができず残念です。遠くから先生のご健康と益々のご活躍をお祈り申し上げます。この度は本当に有難うございました。